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Quiet Day

「BANANA FISH」二次元妄想小説サイト。

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夜よ 夜よ 

「チルドレンズ・タイム」「チルドレンズ・タイム ~その後~」の続編です。
 チラリとですが文末に性的描写があるので、苦手な方はご注意を。


「よくでられたな、ブタ箱から」
「…知ってんだろ、ほんとは。人が悪いよ」
英二は目の前のやたら聡い金髪の友人を軽くにらんだ。

会えなかった互いの日々をさぐり合う会話。
だが彼が相手では、どうにも分が悪い。
ごまかすように、英二は大味なのり巻きをもうひとつつまんだ。
TVの画面では経済ニュースが流れている。

彼の死を伝えるTVニュース。
あのときの衝撃は忘れられない。
あの瞬間、英二の体のどこかが空ろになり、からっぽになった。
まるで肺から空気が、血管から血液が流れ出たかのように。

そして否応なく思い知らされた。
自分にとって彼を失うことはもはや不可能な、受け入れがたいことなのだ。
それに比べたら、ユーシスにナイフを向けるほうがずっとやさしかった。

━そんなこと、目の前の彼には決して言えないけど。

「ちょっと、ビールとってくるよ。飲むだろ?」
「ああ、英二」
アッシュが声をかけた
「ついでに教えてくれよ。そのアザはどうした?」

あまりに何気ない口ぶりに、英二の反応が一瞬遅れた。

「…アザ?」
「とぼけるなよ。
隠しもしないで、オレが気づかないとでも思ったのか?」

アッシュが立ち上がり、ゆっくりと近づいてくる。
口角だけ引き上げた冷たい笑顔で。
それは見慣れた、だが決して英二に向けられたことはない、アッシュの表情だった。

素早くアッシュの手が動き、カットソーの襟ぐりをぐいと押し下げる。
英二の左鎖骨の下に散らばる、うす赤いいくつかのアザ。
その反対側の胸元深くに、もうひとつ。

きしんだようなアッシュの声。
「これは?」
「これは…」

わかったよ、降参だ。
やっぱりきみに隠し事はできないね━
気軽に伝えるはずだった言葉は英二の喉にひっかかったまま、どうしても声にならなかった。

アッシュの翡翠のように冴えた緑の瞳が、真っ赤に燃え上がるかのように見えた。
「…っ誰にっ…やられたっ…?!」
唸るような声と共に、首の付け根がきつく締め上げられる。
その苦しさに英二が小さく咳込むと、我に返ったように圧迫する力がゆるんだ。

「誰にやられたんだ、英二?」
「…教えようがないよ。知らない奴だったんだ」
「シンか?」
「まさか、違うよ! シンは、気づいて助けに…」
「あいつの仲間なんだな」

英二は自分が墓穴を掘ったのに気づいた。
アッシュは焼きつくしそうな目で英二をねめつけ、さっと身をひるがえした。
テーブルに置かれていた銃を、素早くポケットにねじこむ。

「待って、アッシュ! どこ行くんだよ?!」
「お前には関係ない」
「関係あるよ! チャイナタウンに乗り込む気だろ?!」
「わかってるなら、そこをどけ」
「いやだ!!」

ふたりは玄関口でにらみあった。
英二は息を吸い、つとめて落ち着いた声を出そうとした。

「…何もなかったんだよ。
喧嘩を売られて、ぼくは自力で勝った。それだけのことなんだ。
きみが出ていくような話じゃない」
「喧嘩に勝った? ハッ、レイプされかけたの間違いだろ」
「同じことだよ。あれは…ただの暴力だった」

否応なく記憶がフラッシュバックする。
早口の聞き取りにくい英語。
頬にかかる、アルコールと煙草が混ざった息のにおい。

『いい子にしてろよ』
しゃがれた声でささやいて、あの男は片手で英二の口をふさいだ。
あの、汚れた爪━

わきあがる嫌悪感に、英二の顔が一瞬ゆがむ。
それをアッシュは見逃しはしなかった。

「…ぶっ殺してやる」
怒気もあらわに吐き捨て、アッシュは今度こそ英二を押しのけてドアを開けようとした。
ああもう。

「ダメだ、絶対に!!」
英二は全力でドアノブをつかんだ。

「やっと帰ってきたばかりなのに! 絶対に行かせないからな!!」
「英二、いい加減に…!」
「いい加減にするのはきみだよ! どうしてわからないんだ?!」

じれったさに、英二は地団駄を踏まんばかりだった。

「ぼくがどんな思いであのニュースを見たと思ってるんだ!
きみが死んだなんて聞かされて、どんな気がしたと?
あのときからずっと、きみが生きてるのかさえわからなかった。
ぼくが、どんな気持ちで…!」

まぶたの裏がちくちく痛む。
我慢しろ我慢しろ、ここで泣き出すなんて最悪だ。
英二は必死に自制心を取り戻そうとした。

「…あんな変態、もうぼくはとっくに忘れた。
死のうが生きようが、どうだっていい。
大切なのはきみのこと、きみが生きてここにいるってことだけだ」
「そういう問題じゃない」
どこか呆然と英二の爆発を見守っていたアッシュが、やっと口を開く。

「ああいう手合いは、必ず同じことをやる。
弱いとみくびっていた相手に反撃されて、ビビって大人しくなるとでも思うか?
そいつは、きっとまたおまえを狙う。
今度はもっと用心深く、周到に」
「シンがいるよ。彼は、部下の暴走を許さない」
「へぇ、随分とあのガキを信用したもんだな」
アッシュは目を細めた。

「おまえのシンへの信頼はともかく、オレは自分のやるべきことをやる。
身内に手を出されて、黙ってるようなボスはいない」
「ぼくはきみの部下じゃないよ、アッシュ。きみの友だちだ」
「そんなことわかってる!」
アッシュは苛立たしげに髪をかき回した。

「どうしてわからない、おまえを守るためだ!
一回逃げ切ったからって、次もうまくいくと思ってるのか?
身を守るためには攻撃するしかないんだ!」
アッシュは英二の顎をつかみ、乱暴に上向かせた。

「おまえは銃もナイフも使えない。
だから、オレが代わりにやる。
そのクソ野郎に、生まれてきたことを必ず後悔させてやる」
「…きみがそうやってぼくを守ろうとするように、ぼくもきみを守りたいんだよ」
英二は彼の怒りに気圧されないよう、瞳に力をこめた。

「嫌なんだ。せっかく帰ってきたきみが、また厄介事に巻き込まれるのが。
しかもそれが、ぼくが原因だなんて」
「厄介なんて思ってねぇよ」
「わかってる。でも、そう感じてしまうんだ」
「英二、もしユーシスに何か言われたなら…」
「違うよ。これは、ぼくの感情」
英二は小さく笑った。
顎にかかったアッシュの指をそっと外す。

「きみの感情は、違うね?
きみは…報復したがってる。
ぼくが忘れても、きみは絶対に忘れないし、絶対に許さない」

それがジャングルの掟なのか、それとも別の何かなのか。
英二にはわからなかったが、それでも自分たちのあいだに横たわる緊張感には気づいていた。
彼らの友情や信頼に関わらず、確かにそこに存在する張りつめた何か。

「おまえには、わからない」
アッシュがひびわれた声で言った。
「欲望のかたちも、その意味も、何ひとつ」

玄関のスツールに腰をおろし、顔を落とすようにうつむく。
「おまえにはわからないんだ」

玄関のスポットライトの淡い灯りが、彼の目に反射する。
英二がひそかに宝石より綺麗だと思っている鮮やかな緑の瞳が、ブルーに、灰色に、金色に、さまざまに色を変えた。

整いすぎた容姿に宿る、飼い慣らされない野生の心。
炎のような、このこわれもの。
ぼくが自分自身より大切だと思う、たったひとりの人。

今、ぼくが踏み出したら、何かが決定的に変わり、失われてしまうのかもしれない。

だけど、ぼくは知りたい。確認したい。
ぼくらのあいだに存在する、この火花は何なのか。

英二はアッシュの前にかがんで、彼と額を合わせた。
「ぼくが知らないなら…きみに教えてほしいよ、アッシュ」
ささやいて、前髪ごしに彼の額へそっとキスした。

さっとアッシュが顔を上げる。
信じられないという表情だ。
ふたりは至近距離で見つめ合った。
英二は意志の力だけで目をそらさずにいた。

「!!」

いきなり世界が反転する。
アッシュが英二をひっさらうように抱きかかえ、床に倒れ込んだのだ。
体を起こす間もなく、食いつくされるような激しいキスが降ってくる。

二人にとって、本当の夜が始まろうとしていた。

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Posted on 2015/10/24 Sat. 08:02 [edit]

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24

プレゼント 

まぶしい。
目を閉じていても、光がまぶたを通して突き刺すようだ。

午後1時半。
アッシュは薄目をあけてデジタル時計の時刻を読み取り、
ふいにその日付に思い当たった。

8月12日。
オレの誕生日か。
彼が18歳になってから、もう半日以上が過ぎていた。

部屋に帰ってきたのは、すでにNYの朝のラッシュも終わる時刻だった。
どうせ夕方にはまた出るから起きていようと思ってたのに、
窓辺でつい横になってしまったようだ。
アッシュは夢うつつに、じりじりと照りつける夏の陽射しを意識した。

18歳になったからといって、どうということはない。
誕生日を祝うなんて習慣は、とっくに失われて久しかった。
彼はあらゆる意味で、ふつうの少年とは違う人生を歩んでいるのだ。
グリフィンが戦場へと去ったときから。

アッシュは久しぶりに、あの優しかった兄を心に思い描いた。
何もかもが狂いだす前のほんのわずかな年月、
グリフは自分の世界の中心だったのだ。
その後、正気を失ってさえも、
兄は光ある世界との繋ぎ目で、錨だった。

眠りと目覚めのあいだの世界をぼんやりただよっていると、
廊下から軽い足音が近づいてきた。
パタンとドアが開けられる。

「アッシュ、食事の用意が…」
呼びかけた英二の声が、ふいに途切れる。

自分の顔をのぞきこむ気配がした。
やがて彼は窓に歩み寄り、
音を立てないように静かにカーテンをひいた。
顔に差し込んでいた陽射しがさえぎられ、
浮かんだ汗が少しずつひいていく。

彼は戻ってくるとそっと手をのばし、
アッシュの湿った前髪をやさしくかき上げた。
あらわになった額に、すう、と風が気持ちよくあたる。

英二がささやいた。
「おやすみ、アッシュ」

そのまま彼は足音を忍ばせて、静かに部屋を出て行った。
その気配を背中で感じながら、アッシュはじっと動かずにいた。

『おやすみ、アスラン』

それは、遠い日の優しい儀式。

どこでも眠ってしまう小さな子どもに、
兄は笑いながらそうささやいて、
身をかがめ額にキスした。
きっと世界中で行われているはずの、ありふれた儀式。
それにどれほど焦がれていたか、今まで気づきもしなかった。

カーテンを通して差し込む夏の光は、おだやかで優しい。
外の騒音が遮断された部屋の中は、とても静かだ。
かすかに、英二が立ち動く物音が聞こえてくる。
アッシュは体の力を抜き、薄く目をあけた。

自分にとって英二は、いつかは返す贈り物だった。
それでいい。
悔いはない。
これほど戦い、これほど失ったあとに、
これほどの愛情を手にしたのだから。

アッシュは無意識に微笑んでいた。
それは、誕生日の少年にとてもふさわしい笑顔だった。

END


こんなんで申し訳ないけど、誕生日おめでとうアッシュ!!
いままでも、これからも、ずっときみを愛してるよ。

Posted on 2011/08/12 Fri. 22:35 [edit]

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12

プール 

「まあ、ここの住民で、あそこを利用したことがないだなんて!」

このところ、ずっと雨が降り続いている。
アッシュもその仲間たちも、自分には知らされない『用事』で、家をあけたままだ。

「あのプールはそりゃあすばらしいのよ、英二。
水質管理がしっかりされてるから水がやわらかくて、
あのイヤな塩素のにおいもしないの」

たまった写真の整理を終え、読みかけの雑誌も読みつくしてしまった。
いいかげん時間を持て余した英二は、
ふとスーパーでのミセス・コールドマンの熱弁を思い出し、
このアパートのプールを訪れる気になったのだ。

この建物のなかに、こんな立派なプールが隠されていたなんて。

英二は水に浮かびながら、ドーム型の天井を見上げた。
広々と贅沢な作りなのに、泳いでいるのは自分と年配の男性がひとりだけ。

この時間にきて正解だったな。
英二はひとり微笑んだ。
ビジネスマンが帰宅するには早いし、
主婦たちはちょうど夕食の支度を開始する頃合いだ。

夕日が差し込むプールの水を、
ゆったりした背泳ぎでかきわけるように進む。
泳ぐのは、ただ純粋に気持ちがいい。

英二が最後に泳いだのは、去年の夏だった。
まだアメリカにきたばかりの頃。

意識が水に溶け出し、記憶が散り散りに霧散していく。
 つめたい川の水面に
  降り注ぐ日光がきらめいて
   声が


「ひゃっほーー」
雄たけびのような歓声をあげて、真っ先にショーターが水に飛び込んだ。
アッシュ、英二がそれに続く。
三人とも、服を身につけたままだ。

何しろ初夏の気候の中、
男5人が車に詰め込まれ、走り続けてきたのだ。
着替えがどうこうより、まずほこりや汗を洗い流してしまいたかった。

英二は頭まで水にもぐり、ぷかりと浮かび上がって満足の吐息をついた。
夢見ていたのはまさにこれだと感じる。
つめたく澄んだ川の水に全身を浸すこと。
仰向いて水に浮かびながら、太陽のあたたかな光をまぶたに感じること。

「…すごく気持ちいい」
「だな」
素直な英二の感想に、傍らのショーターがにっと笑う。

「しかし川ってのは、水がつめたいもんなんだな」
「そうだよ、知らなかったの?」
「オレが知るかよ。生まれたときからNY暮らしで、
川で泳いだなんてのは、こないだのハドソン河が初めてだ」
「そうか…都会の子だったんだね、ショーターは。
ぼくは田舎の子だから、子どものころはよく川で泳いだよ」
「へぇ。それを言うなら、あそこにもカントリー・ボーイがいるぜ」
くいとショーターが親指でさし示した先では、
アッシュが水しぶきの少ない、きれいなクロールで泳いでいた。

「…いいフォームだね」
「ああ。まったく何をやらせても、しゃくにさわるくらい絵になりやがる」
ショーターの笑顔は、できのいい弟を自慢するそれに近い。
英二は目を細めて、まぶしい初夏の太陽を見上げた。
伊部とマックスは、ガソリンの補給がてら街へ買出しに行っている。
たぶん、あと1時間は戻ってこないだろう。

「あー、ところでな。あれは良くねぇよ、英二」
「え?」
「おまえ、目をつぶっただろ。銃を撃ったとき」
「あ…」

思い出した。
忘れっこない。
クラブ・コッドにトレーラーで突っ込んだとき。
あの日、英二は生まれて初めて銃で人を撃ったのだ。

「いいか、ドンパチのときに何があっても目をつぶるな。
やるにしろ、やられるにしろ、
しっかり目を開けて、何もかも見届けるんだ」
「うん」

英二は恥ずかしかった。
何もかも本当のことを見たいといったのは、自分なのだ。
それなのに。

「うん、わかった」
「よーし、いい子だ」
ショーターはくしゃっと顔じゅうで笑うと、
英二の頭をぐりぐりとなでた。

「ちょっ…やめろよ、子どもじゃないんだから!」
「んー、おまえって、うちのチームの二番手と同じくらいのサイズだなぁ」
「きみんとこの?」
「おう。ま、あのガキにこんな真似したら、間違いなく瞬殺されるけどな。
カメハメ波!とかいって」
「ドラゴンボールだよ、それじゃ」
英二は思わず吹き出した。
この陽気で世話好きな青年に、腹をたてるのはむずかしい。

「へくしゅっ」
ショーターは派手なくしゃみをした。
「あー、いけねぇ、体が冷えてきたぜ」
「大丈夫? いちど水からあがったほうがいいよ」
「だなぁ。よっこいせっ…と」
ざばっとしぶきをあげて、ショーターは岸によじのぼった。
「じゃあオレは、ちょっくら昼寝してるわ。
おまえらは楽しく遊んでろよ」
「はいはい、いい夢をね」
英二はひらひら手を振った。

抜き手をきって泳いでいたアッシュが、
濡れた髪を指でかき上げながらそばへやってきた。
「なんだ、年寄りはダウンかよ」
「またそんな…。まだ頭の傷が治ってないんだよ、ショーターは。
そういえば、きみのほうは平気?」
「ああ、もう何てことないぜ」
オーサーの弾丸がかすった肩を、ぐるぐる回してみせる。
「…ほんとにタフだよねぇ」
「なんだよ、そのあきれたような言い方は」
「ほめてるんだって…んっ!」
アッシュがぴっと水を飛ばし、英二が負けずにそれに応戦する。
ふたりは子犬がじゃれあうように、ざぶざぶと水をかけあい始めた。
平和な田舎町の人けのない川辺に、少年たちの快活な笑い声が響く。

この輝かしい初夏の太陽。
濃い影をおとす木々の緑。
金色の髪の友人の弾けるような笑顔。
英二のなかで、ふっと現実感が遠のいた。
まるで日本で思い描いていた、空想のアメリカにいるみたいだ。

「わっ!」
一瞬動きをとめた英二は、アッシュが浴びせた水しぶきをもろにかぶった。
目をぎゅっとつぶると同時に、平衡感を失った体がぐらりとよろける。
「英二!!」
とっさに手をのばしたアッシュに、英二は両腕でしがみついた。
ふくらはぎに痙攣のような痛みが走る。

「うわっ…おい、英二、そんなにしがみつくな!」
「ご、ごめん、でも、足がつっちゃって…」
こむらがえりをおこして焦る英二を、
アッシュはなぜか困ったように引きはがそうとする。
水の中でじたばたともがく二人の頭の上から、
おかしそうな笑い声が響いた。

「やれやれ、おまえら、オレが頼りなんだな。ん? そうだろ?」
ショーターの恩着せがましくも嬉しそうな口調に、
アッシュが眉をしかめる。
英二はアッシュにちらりと視線を流し、目配せを送った。
アッシュがにやりと笑って、小さくうなずく。

「ほれ、つかまれ」
無造作に差し出されたショーターの腕に、
ふたりは勢い良く同時にとびついた。
「わっ…このバカ!」
体勢を立て直すまもなく、
あっというまにショーターの身体は水に引きずり込まれた。
派手な水しぶきがあがる。

わっとばかりに笑い出したふたりに、
水面にぽかりと浮かび上がったショーターが怒ってかみついた。
「ふざけんなよ、このガキども!
このおにいさまのせっかくの親切を…っぷ!」
アッシュがその顔に、思いっ切り水をぶっかける。
「~ってめぇ、今日こそ勝負つけてやるぜ!」
「上等だ!!」

今度はショーターとアッシュの水の掛け合いが始まった。
その光景を笑いながら見ていた英二は、
まだひきつる足をなだめながら、ゆっくりと張り出し板のところへ泳いでいった。

いつかこの光景を思い出すとき、ぼくの胸は痛むだろう。
ふと、そんな予感が英二の胸をかすめた。
でも、夏の陽射しには魔法がある。

やがて遊び疲れた三人は水からあがり、木陰でごろりと寝転んだ。
服と身体を乾かしがてら、うとうとと昼寝をする。
素朴で贅沢な、昼下がりのひととき。

そうして大人ふたりが戻り、また車に乗り込む頃には、
英二の胸をよぎった予感はあとかたもなく消え去っていた。


『オレが頼りだろう?』
陽気な友人の声が、やさしく耳をなぶる。
嫌なことがひとつもない、奇跡のような一日。
陽光が降り注ぐ三人の世界に、
暗い影を落とすものは何一つなかった。

英二はゆっくりまばたきをした。
今なら言える。
あれはきっと、小説や映画でくりかえし描かれる
永遠によく似た幸福な夏の日だった。
あれからもう一年も経った。
まだ一年。

英二はゆらゆらと揺れる水の中で、
こじあけるように目を見開いた。
わかってる。
目は閉じない、何があっても。
きみが、教えてくれた。

ぼくはもっと強くなるよ、ショーター。
彼と並んで歩き、
彼の悪夢を追い払い、
彼の避難場所になれるほど、強く。
今は無理でも、いつか必ず。

照明のきらきらした明かりが目にしみる。
水面ごしに見える世界は
どこまでもゆらゆらと頼りなく、綺麗だ。

そろそろ帰る時間だ。
でも今はもう少しだけ、この水に漂っていたい。
大丈夫、彼が帰ってくるまでには部屋に戻り、
何もなかったように笑ってみせるから。
きっとそうするから━

水はすっぽりと英二を包みこみ、
からかうように、なだめるように、やさしく揺らしつづけた。

それは、懐かしい友人のあたたかな腕のようだった。

END


イラスト集のアッシュと英二の短編に、ショーターをプラスして妄想してみました。
だって、時期的にぜったい彼もいたはずだと思うんですよ!

Posted on 2011/06/20 Mon. 00:57 [edit]

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20

インタビュー 

※『終わりなき夜に』のエピローグ編です

こんにちは。
初めまして…ではないですね?

ああ、やっぱり。
個展のときに取材にいらしたかたですね。
あのときはいい記事を書いて下さって、ありがとうございます。

…ああ、ネットのうわさのことなら、耳に入ってます。
ぼくの個展に展示されたある写真の被写体が、
過去の少年犯罪者にとてもよく似ていると。

あれは、今はもう亡いぼくの親友の写真です。

彼はわがままで、皮肉屋で、
だけど神様がつくったどんな人間より美しい、
かけがえのない人でした。

自分ではわからないけれど、
彼の死後、ぼくはとても変わったそうです。
たぶん彼は、ぼくの一部も連れていってしまったのでしょう。

彼を失ったあと、ぼくはただ街をうろついて写真を撮り、
働いて、食べて、眠りました。
でも、どんなに手堅い日常を積み重ねても、
ときどきふっと現実が遠ざかる。
どうしようもなく独りだと思ってしまう。

いま思い返すと、あの頃の自分はあいまいで、
その先につながるものを何ひとつもたない、
かたちのない生きもののようでした。

そんなとき、ある友人がぼくに言ったのです。
彼は先に行ってしまっただけだと。
いつかきっと、また会えるのだと。
その言葉は思いがけないほど、ぼくの心を慰めました。

大切な人が自分を待っていてくれると思うのは、いいものです。
いつかぼくの生が終わるとき、彼がそこにいてくれるのなら
ぼくはこの人生で見つけた良いものを集めて、
贈りもののように彼へ届けてあげたい。

子どもじみた考えかもしれませんが、
そう思うことでぼくはやっと、
次の扉に手をのばす勇気がもてたのです。

共に過ごした短い日々の中で、ぼくは彼にいくつか約束をしました。
へたくそなピアノを聞かせること。
ぼくの故郷へ連れていくこと。
ずっとそばにいること。

ぼくはそれを、ひとつも守ることができませんでした。
ほんとうに、何ひとつ。
だから、この約束だけは守らなくちゃいけない。
これは誓いであり、契約なんです。

写真を撮り続けるのは、だからです。
ぼくは今でもレンズをのぞくとき、
かつて彼が照らしてくれた光のなかで、
この街を、世界を見ているのです。

狂ったように夜の街を走る車の窓から見た高架線。
図書館のそばの屋台からただよう、プレッツェルの香り。
フェリーからながめた美しき女神。
きっと、何十年たっても忘れないあの日々。

きれいは汚い、汚いはきれい。
みんな、彼が教えてくれました。

だからその日までは、ぼくは自分の中の生を生きてゆきます。
過ぎていく時間のすきまや、光のなかに目をこらして。
カメラのファインダーごしにみえる一瞬を、
永遠に見せるまねごとをしながら。


━ いつか、会えるに違いないと。

END


昨年秋からずっとPCの中に眠っていた駄文を、やっと完成させて放出することができました。
ああ、すっきりしたー!

Posted on 2011/05/21 Sat. 01:11 [edit]

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21

終わりなき夜に -シン編- 

その電話は、深夜にかかってきた。

『あいつは、明日、ここを出る』
だから、頼む。

ユーシスのコネで、掘り出し物の物件が見つかったと連絡してから約一週間。
明日、英二はダウンタウンを出ていく。


その日、シンは落ち着きなく
空っぽのアパートメントの中を歩き回っていた。
自分でも馬鹿馬鹿しく思えるほど緊張していた。
英二と二人きりで会うのは、あの別れの日以来だった。

彼がこの街に戻ってから、
会うときにはいつも他の誰かがいた。
マックスとジェシカ。
アレックスやボーンズ、コング。

ひとりで英二に向き合うのがこわかった。
会えば、死の話からはじめなければならない。
アッシュの死。
親友で兄だった男の死。
思えば、彼らが近づいたのも、ショーターの死がきっかけだった。

シンは苦く笑った。
まるで自分たちは、死によってわかちがたく結びついているかのようだった。

じゃあ、あの二人は?
アッシュと英二は、何で結びついていたのだろう。

あの二人の間にあったものを、言葉であらわすのは難しい。
ガキっぽい軽口の応酬。
黙っているときにも流れていた、あのやさしい空気。
彼らはそこにいるだけで、ただ調和していた。

その完全な結びつきを壊したのは、自分の兄なのだ。
シンは心が怖じけるのを感じた。

それでも、英二に会わなければならない。
アレックスに約束したから?
確かにそうだが、それだけが理由じゃない気がする。

きっと自分は、彼とわかちあいたいのだ。
誰とも分け合えない、この胸の痛みを。
今日も明日もあさっても、
あのとき何かできなかったのかを繰り返し考え、
眠れないままに夜明けを待つ、終わらない夜を。

「…入ってもいいかな?」
いきなり後ろからかけられた声に、シンはびくりと振り向いた。
スーツケースと一緒に玄関にたたずむ、小柄な姿。
「追い出されちゃったよ」
久しぶりに会う英二はそう言って、困ったように笑った。


彼は横たえたスーツケースの上に座りこみ、
もの珍しそうに室内を見回した。
「すごいね。広いし、きれいだ」
「…気に入ったか?」
「そりゃあ。でも、予想外だったな。
前の部屋とそんなに家賃変わらないのに」
「ワケありなんだよ。
女にフラレて自殺した前の住民の幽霊が出るっていうし、
管理人はせんさく好きなおせっかい爺さん。
おまけに隣は音楽学校の落ちこぼれで、一晩中ヴァイオリンをかきむしってる」
「何それ、どこまでが本当?」
「さあな、住んでみりゃわかるだろ」
シンは肩をすくめた。

「それよりおまえ、荷物はたったそれだけか?」
「うん。着替えとカメラ一式くらいだから。
とくに家具とかもってないしね」
「じゃあ、ひと通りそろえに行くか」
「いいよ、そんなの。
せっかく広いところを見つけてもらったんだし、
とうぶんこの空間を楽しみたいな」

彼はひなたの猫のように目を細め、窓辺をながめた。
つられて、シンもそちらに目をやる。
まだカーテンもかけていない窓からは、
日曜日の明るく美しい日光があふれていた。

遠くから聞こえるサイレン。
ドライバーたちが絶えず鳴らしているクラクション。

ふたりはしばらく、その都会の音楽に耳を傾けた。
暖かな五月の日光を分かち合いながら。

「…みんな、ぼくが駄目だというんだ」
英二は独り言のように呟いた。
「学校へ行って、写真を撮って、働いて、眠って。
ちゃんとやれてるつもりなのに。
アレックスも、マックスも、ジェシカも、みんな」

どうしたらいいのかわからないんだ。
英二はシンの顔を見上げた。
途方にくれた子どもの目だ。

シンは、あの強い瞳の少年を思い出していた。
バイクで駆け抜けた、晩秋の日。
今の彼は、疲れ、冷えきり、しずかに、絶望していた。

黒い川が流れている。
その重い水にとらわれているのは、自分のはずだった。
いまは英二まで、その流れにのまれようとしている。
逃がしてやらなくては。早く。
だけど、何ていう川だった?

「英二」
「…なんて顔してるの」
「英二」
まぶたの裏が熱くなった。
本当は、会いたくてたまらなかった。

「すまなかった」
シンは絞り出すように言った。

すまなかった。すまなかった。
許してくれ。すまない。

壊れたレコードのように、シンは同じ言葉を繰り返した。

「アッシュは、きみのことが好きだったよ」
英二は静かに言った。
「いつだって、本当に好きだったんだ」
伝えられて、よかった。

どちらからともなく手を伸ばし、ふたりは抱き合った。

「あいつは、先に行っちまっただけだ」
シンはかすれた声でささやいた。
「いつか追いつく。嘘じゃない。だから」
「…また、いつか?」
「ああ。だからそれまでは」

オレといっしょにいてくれ。

その言葉に、英二の身体が震えた。
何かいいたげに小さく身じろぎし、
やがてシンの背中に回された指に、そっと力がこもった。

わずかに。
でも、確かに。

その感触がうれしくて、
シンはより強く彼を腕の中にとらえた。

しっかりとつかまえていなければ、きっと消えてしまう。
いなくなってしまう。
自分たちのために命を投げ出した、あの二人のように。

オレは言わない。
アッシュが握りしめていた手紙のことを。
あれがなければ、ラオにやられるようなことはなかったはずだなんて。
死んでも言わない。

そうして彼らはお互いの体にすがりつくように寄り添い、
同じリズムで脈打つ鼓動にそっと耳をすませた。

暗闇におびえる子どもたちがそうするように。
夜の底にとらわれてしまわないように。

いつまでも。

END


どこまでも暗いこのシリーズ、じつはまだエピローグ編があったりして…
しつこくて申し訳ないですが、もう少しおつきあいいただければとても嬉しいです。

Posted on 2011/05/15 Sun. 21:47 [edit]

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15

ハッシャバイ 

※『甘い爆弾』の前・後編の間に入る番外編です

「じゃあ、その件はケインに伝えとくよ…ボス?」

まだ夜が明けきらない午前5時。
終夜営業のカフェテリアの窓からみえる街並みは、
モノクロ映画のようにくすんで見える。

アレックスの報告を受けていたはずのアッシュの視線は、
はす向かいの交差点に注がれていた。

アレックスがボスの視線をたどると、
小柄な人影が街灯によりかかるようにしてぼんやりたたずんでいた。
どうやら、信号が変わったことにも気づいていないらしい。

英二だ。

親切な車が軽くクラクションを鳴らしてやり、
やっと我に返ったらしい英二は、あわてたように横断歩道を駆け出していく。
アレックスはほっとしてそれを見守っていたが、
あと一歩で渡りきるというところで、彼は縁石につまずき、コケた。

あああ…
心の中で、アレックスが悲痛な声をもらす。
英二はジーンズのヒザをはたきながらどうにか立ち上がり、
車の窓から心配そうに身を乗り出したドライバーに
大丈夫というように手を振っていた。

「なあ、アッシュ…」
アレックスはそわそわとビニールソファから腰を浮かした。
英二は手を振った姿勢で、その場に固まっている。
どうやら、立ったまま寝ているらしい。
アッシュが眉間のシワを指でおさえた。
「…連れて来い」
アレックスは弾かれたように、店を飛び出していった。


「ずっと仕事だったのか?」
「うん。人のいない時間帯に、タイムズ・スクエアで撮影しなけりゃならなくて。
もう30時間近く、起きっぱなしだよ」
英二はふぁああとあくびをしながら、カフェテリアの席についた。
その目が、空席におかれたままのカップに注がれる。
中には、まだコーヒーが半分ほど残されていた。

「彼、いたの?」
アレックスは、困って視線を泳がせた。
このさい、何もいえるわけがない。
英二はぼそりとつぶやいた。
「逃げたな」
いたたまれず、アレックスは大声で追加のコーヒーをオーダーした。

最近は、いつもこうだった。
アッシュは誰よりも先に英二を見つけ出すくせに、
決して彼と向き合おうとせず、さっさと逃げ出してしまう。
いつも取り残される自分やボーンズやコングは、
気落ちする英二の姿に何ともいえない気分にさせられるのだ。

『ったく、恨むぜ、ボス』
向かいの席で、泥のようなコーヒーをおとなしくすすっている姿を
ちらりと見る。
こうやって向き合って話すのは、ずいぶんと久しぶりだ。

思えば、英二が現れたころのアレックスは、
アッシュの片腕として忙しく動き回っており、
彼と時間を過ごすことはほとんどなかった。
文句もいわずカゴの鳥状態におさまっていることから、
内気でおとなしい奴だと単純に思い込んでいたのだ。

まったく、とんでもねぇ勘違いだったよな。
アレックスは苦笑した。

「何?」
英二がとろんと眠たげな目でこちらを見る。
「いや…おまえ、もう帰ったほうがよくねぇか?
なんだったら、車で送ってやるぜ」
「まだへーき」
眠気のせいか英二はどこか舌足らずで、
それが妙に可愛らしかった。

彼との距離が近づいたのは、皮肉なことにアッシュの不在がきっかけだった。
何の説明もないまま、ボスが全てを投げ出すように姿を消してから、
大人しく部屋にこもっていたはずの彼は、それこそ豹変したのだ。

チャイナタウンに乗り込んで、チャイニーズの王子様に喧嘩を売ってくる。
コルシカ・マフィアのパーティを強襲する計画を立て、
銃の撃ち方を教えろと迫る。

こんな奴だったのか。
あのころのアレックスは、日々驚きをもって彼をながめていた。

むちゃくちゃで、もどかしげで、命がけだった英二。

見ているだけで、なんだか胸がわくわくした。
こいつといれば、決して退屈はしないと確信するようなあの気持ち。
あとになってから思い当たった。
それは、彼がアッシュと知りあったころの感覚にとてもよく似ていたのだ。

ためらいがちに、英二が口をひらく。
「…最近、彼はどう? 元気?」
「ああ、別に変わりはねぇよ。この頃はやっかいごとも少ねぇしな」
「そっか」
英二はほっとしたように目を細めて笑った。
やわらかい笑顔だ。
その顔をみていると、不思議な、軽い痛みが胸にきた。

残念だな、アッシュ。
あんたはきっと、こいつに負ける。

愛する人が目の前にいるのに、ただ見守っているのはむずかしい。
遠く離れたところから幸せを祈るより、きっとずっとむずかしい。
だからあとは、たぶん時間の問題だ。

向かいの席で、英二のまぶたはほとんどくっつきそうになっている。
アレックスは微笑んだ。
英二は無鉄砲で、絶望的に銃がヘタで、
なのに強気で、最高だった。

「おら、立てよ。送ってやるから」
「ン…まだ大丈夫だよ」
「いいから、しっかり歩け。
オレはおまえんちのあたりの道には明るくねぇんだから、ちゃんと案内しろよ」
急き立てながら、後部座席に英二を放り込み、
アレックスはゆっくり車を出した。

きょうはボーンズやコングを誘って、久しぶりに飲みに繰り出そう。
そうしたら、この胸の痛みもきっと消える。
彼らのように寄り添える相手をいまだ持てない、このさびしさも。

光がおぼろにさしこみ、本格的に眠り込んでしまった英二の顔を照らしている。
カメラを持たないアレックスは、その姿をただ心に刻みつけ、
頼りなく、不確かで、透き通るような夜明けの街を走り抜けていった。

END


「Hush-a-bye(ハッシャバイ)」は、『おやすみ』とか『ねんねんころり』みたいな意味だそうです。

Posted on 2011/04/25 Mon. 22:59 [edit]

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25

赤い月 

チャイナタウンの路地口で、彼は車のドアを開けた。

「お前たちは、ここまででいい」
「ですが月龍さま、おひとりでは…」
「いいんだ。ついてくるな」
静かに、だが断固と首を振る。

その決意の固さにひるんだように、側近は乗り出した身体を車の中に戻した。
あきらめ悪く言いつのる。
「ではせめて、銃をお持ちください。丸腰ではあまりに危険です」
「いらないよ。僕を誰だと思ってる」
そっけなく言い捨て、月龍はチャイナタウンに足を踏み込んだ。
小茴香や五香粉や唐辛子が混ざりあった臭気が、身体を包みこむ。
その中でひときわ強く香る、香の匂い。

その日は、ラオ・イェン・タイ━
シンの兄の葬儀が行われる日だった。


あまり人気のない路地裏では、小さな子どもたちがそこここで遊んでいる。
月龍が歩を運ぶと、彼らは目をまんまるにしてその姿に見入り、
やがてあわてたように建物のかげに逃げていった。
まるで、何かまがまがしいものでも見たかのように。
月龍は整った顔を、わずかに歪めた。

きょうの彼は、艶のある黒のチャイナ・スーツに身を包み、
髪もゆるめずにきっちりと束ねている。
だが、そんな地味な装いでも、
天女にもたとえられたその美貌は、否応なしに目立っていた。
この身について回る家名と同じく、まるで呪いのように。

母と引き離され、ひとりでこの世界に投げ出されたときから、
彼はひたすら欲していた。
この呪われた家名にもひるまない誰か。
一族と自分を焼きつくし、滅ぼしてくれる誰かを。

あの冷たく燃える炎のような金髪の少年に出会ったとき、
やっと待ち望んでいた人に巡り会えたと思った。
そう信じたのに、あの日本人のせいですべて台なしになった。
月龍は唇をかんだ。

アッシュがあの黄色い小猿に心を奪われ、
友情だの愛情だのという馬鹿げたたわごとにからめ取られていくのを、
月龍は歯噛みするような思いで、ただ見ているしかなかった。

彼は、どうしてもアッシュに教えてやりたかったのだ。
自分たちにとって、人生なんてものはとうに終わっているのだと。

あとに残されたのは、獣の生だ。
安住の地をもたず、生き延びるための戦いが日常として続く日々。
戦いをやめるとき、命も終わる。

月龍は顔をあげた。
香の匂いがいちだんと強くなり、
笛と銅鑼の音が大きく鳴り響いている。
葬儀の列が、すぐそこまで近づいたのだ。


女たちの号泣する声が派手に響くなか、
先頭を歩いているシンは、恐ろしいまでに無表情だった。
その姿は、予想していたよりも月龍の胸を押しつぶした。
ボスとして意識的に大人びた振る舞いをしながらも、
隠しようもなく生命力があふれ出すような少年だったのに。

その感情のない瞳が道の端にたたずむ月龍をとらえ、
わずかに細められた。
後ろにいる母親らしき女に何かささやくと、
まっすぐこちらへやってくる。
葬儀の列の人々の視線が、いっせいに自分に集まるのがわかった。

「なんで来たんだ、あんた」
シンの低い声に、月龍は思わず身がすくんだ。
平坦で、感情のこもらない声。
彼は今まで、この少年のそんな声を聞いたことがなかった。

「わかってるだろう。
ここにいる奴らはみんな、あんたがラオを追いつめたことを知ってる。
李家の名前で守られてると思ってるかもしれないが、
ひとりで乗り込むなんてのは狂気の沙汰だ」
「ああ。わかっている」

月龍は短く答えた。
こちらをうかがう人々の目の中で揺れているのは、
憧憬、畏怖…そして憎しみの光。

「…あのとき、誰もが自分以外の人間のために動いた」

震えるな、僕の声。

「アッシュも、おまえの兄も、あの小猿も、ブランカもみんな。
ただ自分のことを哀れんでいたのは、僕だけだった」

そう。
だからきょう、自分はひとりでここへ来たのだ。
この少年が背負うことになる重荷を、少しでも分かち合うために。

月龍は勇気をふりしぼって、シンと目を合わせた。
シンが何かをさぐるように、じっと彼の白い顔を見つめる。
やがてそこに何を見出したのか、シンは小さくうなずき、葬儀の列を振り返った。

「聞け!!」
シンがいっぱいに声を張った。
「李家の嫡子、李月龍どのも、この葬儀に参列する」

列の中にどよめきが走った。
うろたえるような声に混ざる、明らかな不満の声。
それを制するように、シンがなお声をはりあげた。

「我々は、兄弟の契約を交わした! 以後、彼は自分の家族だ。
彼へ不満がある者は、まず、このシン・スウ・リンに言え!!」

家族。

シンの口から発せられたその言葉に
月龍の心臓はコトリと弾み、やわらかなどこかへ着地した。
生涯ついてまわるはずだった暗闇に、淡い金色の光をばらまいて。

彼もこうだったのだろうか。
月龍はふと、いまは亡い人を思った。
アッシュもあの小猿の前で、こんな気持ちを味わったのだろうか。
切なくて、舞い上がるほど幸せで、
みじめで、嬉しくて。

月龍は、シンに手を引かれるようにして、葬儀の列に加わった。
あちこちから向けられる強い視線を痛いほど意識しながら、
しゃんと背をのばし、前を見据える。
隣にいる義兄弟のために。
彼を愛し、彼のために死んでいった男を見送るために。

後ろから、女たちが大声で泣く声が聞こえる。
その悲痛な声に、否応なく母の最期を思い出した。

━お願い、その子にだけは手を出さないで。お願い。お願い。

鬼に貪り食われながら、彼女はそう叫んでいた。
叫び続けて、そうして死んでいったのだ。
月龍は目をつぶった。

媽媽。マーマ。

美しい人だった。
美しくて、だけどとても弱い人だった。
その運命に、何ひとつあらがうことができないほどに。

葬儀の列が、ゆっくりと動き出す。
月龍は、隣を歩くシンの横顔をそっと盗み見た。

遠い遠い昔から、この身体にくすぶる狂った炎。
その火はまだ消えていない。今は。

もう、ひとりじゃない…そんな思いには、まだ慣れない。
独りであることで、もちこたえられていたこともあるのだ。
それでもいつか、永遠のひとり遊びからきっと抜け出す。
おまえが側にいてくれるのなら、いつかきっと。

月龍はシンと並び、ゆっくりと前を見て歩いた。
春の強い風が花びらを散らしていく中を。
真っ直ぐなタオ(道)を。

END


ついに「英二」と名前で呼ぶことが一度もなかった、この若様。
原作ではけっこう名前で呼んでましたが、心の中では「このチビ! 猿!」と罵っていたに違いないかと。

Posted on 2011/04/10 Sun. 22:06 [edit]

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