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Quiet Day

「BANANA FISH」二次元妄想小説サイト。

エチュード(Étude) 

汚くて狭いその安酒場は、
煙草の煙と少年たちの熱気が充満していた。

十月の夜。

カリスマの復帰のおかげで、
このところリンクスたちは
かつて煮え湯をのまされたオーサー一味の
先手先手をいっていた。

だが、高揚する感情は、耐え難い緊張をも生む。

この非常時に「ボーンズの誕生祝い」なんて
ふざけたしろものをアッシュが許可したのも、
部下たちのガス抜きを狙ってのことだった。

ただ、いくら懇願されたにしろ、
英二の同席を許したのは失敗だったかもしれない。
アッシュはちらりと隣をみやった。
コークハイを何杯かあけた英二は、
すでに頬が赤くなっている。

だが仲間たちはさらにハイになり、
飲み食いにも飽きて騒ぎ出した。

誰か歌でもうたえよ。
そうだ、ジャパニーズはKARAOKE好きなんだろ?
ヘイ、英二、歌えよ。

酔っ払いたちが口々にはやしたてる。

「おい、お前ら…」
眉をしかめ、アッシュがいさめようとしたときだ。

「うん、いいよ」
英二があっさり立ち上がり、
すたすたと片隅に置かれたピアノに歩み寄った。
それまでアッシュも仲間たちも、
この店にピアノがあることにさえ気づいていなかった。

「じゃあ、ボーンズに」
そう言って、英二は小さく息を吸った。
吐く息と同時に、鍵盤へ指をおろす。

それはごく短い小曲、
こどものための練習曲(エチュード)だった。
きらきらする音だけを集めてつなげたような。

うす暗い猥雑な酒場にその音色は流れ、
ゆるやかに染み込んでいった。
おんぼろピアノの音は少し割れていたが、
そのあやうさが黒髪の弾き手によく似合っていた。

小さく震えるような音を残して、曲が終わった。
英二が立ち上がり、はにかんだように笑う。

「ハッピーバースデー、ボーンズ」
ふたりはかるくハグをした。
「…ありがとな、英二。メチャよかったぜ」
ボーンズが照れたようにいった。

その声をきっかけに次第に喧騒が戻ってきたが、
店の雰囲気は明らかに変わっていた。
まるで誰もがその小曲に心を動かされたようだ、と
アッシュは思った。
あのこどものための短い音楽に。

もしかしたら、それはこの街にはきれいなものが
あまりに少なすぎるせいかもしれない。


アッシュと英二は、お開きになる前に帰ることにした。
まだ初秋だというのに、空気はひんやりと冷たい。
先を歩く英二の頬は、アルコールの名残りに
まだほのかに色づいている。

「お前がピアノを弾けるなんて、知らなかった」
「弾けないよ。あの曲だけ」
妹が習ってたんだ、と英二は言った。

「あいつ、ヘタくそでさ。とくにあの曲がだめだった。
あんまり何日も弾いてるもんだから、うんざりして。
いいかげんにしろっていったら、生意気に言い返してきてさ」

お兄ちゃんにピアノのことなんかわかるわけない。
これは難しい曲なんだから。
英二の妹はそう言ったらしい。

「シャクになって、こっそり楽譜みながら練習したんだ。
そしたら、わりとあっさり弾けちゃって」
ふふっと英二が笑う。

「で、さっそく妹が帰ってくる時間をねらって、
あの曲を弾いてみせたわけ」
「悪いオニイチャンだな」
アッシュは微笑んだ。
「怒っただろ」
「そりゃもう。真っ赤になって怒ってた」
そのあと大泣きされて、大変だったよ。
英二が楽しそうにしめくくり、
アッシュはその様子を思い浮かべた。

黒い髪の可愛らしい女の子が泣きじゃくるのを、
良く似た兄…小さな英二が必死になだめている。
それは微笑ましく、まるで物語のようにはるかな情景だった。

「今度また弾いてくれよ」
「えっ…や、やだよ」
「なんでだよ。今日は弾いてただろ」
「あれは、歌うよりマシだと思ったからでさ。
ほんとは人前で弾くなんて、全然ダメだよ」
「なんだよ、ボーンズのためなら弾けるのに、
オレのためには弾けないってのか」
アッシュはわざとすねたように言った。
「そういうんじゃ…まったくもう」
英二は呆れたように、くるりと目を回してみせた。

「わかったよ、じゃあ、来年のきみの誕生日に」
きみひとりの前で弾くのなら、いいよ。

それは、思いがけない甘い約束だった。

「そうか。そりゃ楽しみだ」
からかうように言いながら、アッシュの胸はわずかにきしんだ。

来年の誕生日。来年は、ない。

すでに伊部と二人分の航空券をおさえてある。
この黒髪の少年は、家族のもとへ帰るのだ。

オーサーとの決戦の日が近づいていた。
ハーレムの王にも、すでに話をつけている。
どちらかが勝ち、どちらかが終わるだろう。
アッシュは、その結末を英二に見せるつもりはなかった。

前を歩く英二が振り返り、笑いかける。
微笑み返しながら、アッシュはその姿を瞳の奥に大切にしまい込んだ。

今ならわかる。
ショーターを葬ったあと、自分が正気をつなぎ留めることができたのは、
この小柄な少年が傍らにいてくれたからだった。

覚えておこう。
お前の声も、
白い鍵盤の上を踊った指も、
あのやさしい旋律も。

忘れないでいよう。

足を速めて、英二の肩を抱いた。
早く帰ろう、と耳元でささやく。

風は、切るようにつめたい。
NYの街に、冬がくるのだ。

END



「良縁」のお守りをもたせた英二の妹ちゃん。
ファンとしては「グッジョブ!」と感謝したいです。


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Posted on 2010/10/17 Sun. 21:55 [edit]

category: BANANA FISH(創作)

thread: 二次創作小説(版権もの  -  janre: アニメ・コミック

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