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Quiet Day

「BANANA FISH」二次元妄想小説サイト。

チルドレンズ・タイム 

英二はシンの部屋の洗面台で、
ひび割れた鏡をまじまじとのぞきこんでいた。

朝7時。
夜の住人であるこのチャイニーズ・ギャングの巣では、
まだどの住民も惰眠をむさぼっている。
その、はずだった。

「よかった。唇が少し切れたくらいで」
「よくねぇだろ。その体、みてみろ。
そのアザ、当分残るぞ」
シンが苦々しく吐き捨てる。

なるほど、あいつは表にみえない痛めつけ方を
よく心得ていたらしい。

意外にうすくきれいな筋肉がのった英二の上半身には、
いくつかの暴力のあとが残されていた。
みぞおちのあたりには、こぶしで殴られたらしいアザが大きく広がり、
わき腹と肩にも指のあとがくっきり残っている。
そして、鎖骨のしたに散った、いくつかの赤い染み。

シンは顔をそむけた。
なんでオレが赤くならなけりゃいけないんだ。

「いいんだ。見えないところはどうでも」
無頓着にいいながら、
英二はシンに借りたパーカーをかぶった。
「見えるところがちゃんとしてれば、問題ないよ」
強がりではなく、本心から言っているようだ。

あの男は、シンの部屋から出てきた英二を
無理やり自分の部屋へ引きずり込もうとしたらしい。

異変に気づき、シンが駆けつけたときには全て終わっていた。
あちこち破けたシャツをひっかけた英二の足元で、
そいつがうずくまってみじめな泣き声をあげていたのだ。

詳細はさだかじゃないが、
どうやら男として致命的なところに攻撃を受けたのは確かなようだった。
とうぶんあいつは、用を足すにも苦労することだろう。

正直、シンは知り合ったばかりの
この5つも年上の日本人がよくわからない。

幼くすらみえる童顔で、
生きのびるすべを何ひとつ持ち合わせていないくせに、
チャイニーズの頂点・李財閥のユーシスに刃を向けた少年。

そして今は、ディノ・ゴルツィネの息がかかる国立センターへの襲撃━
アッシュ奪還を、本気でやらかそうとしている。
命しらずなのか、ただの馬鹿なのか。

「…オレ、きょうはバイクでとばそうと思ってたんだ」
それは本当だった。
アッシュとオーサーの一戦のあと、愛車とはとんとご無沙汰している。
「一緒にくるか?」
英二が目を輝かせてうなずいた。


「寒くないか?!」
「うん!」
「しっかり掴まってろよ!」
「うん!」
「ブルックリン橋、入るぞ!」
「うん!」
「英二!!」

英二ははじけるように笑った。
誰かにくすぐられているような、屈託のない笑い声だった。
破れたシャツも、行方のしれない友人への焦燥も、
すべて後ろに置いてきたかのようだった。

シンのバイクは風を切り、NYの街を駆け抜けた。
カーブのたびにアスファルトがせりあがり、
後ろで英二が悲鳴のような歓声を上げた。

ブロンクスの端、ペラム・ベイ・パークで、シンはバイクを止めた。
「ああ、楽しかった」
英二は笑って、大きくのびをした。
「バイクに乗ったの、はじめてなんだ」
「ほんとにおまえ、どっからきたんだ。
ホンダとカワサキの国からじゃねぇのかよ」
憎まれ口を叩きながら、シンも笑った。

不思議なほど清々とした気分だった。
セントラル・パークよりさらにバカでかいこの公園は、
きびしい寒さもあってか、人影はまばらだ。

街の雑踏も、仲間たちも、遠い。
いま、ふたりはすべてから遠ざかっていた。

「…あいつは、少年院でああいうことを覚えたらしい。
以前にも、新入りのガキに手を出そうとしたことがあった」
「…ふうん」
「すまなかった。あいつには制裁を加える」
シンは頭を下げた。
「アレックスに伝えておいてくれ。
いずれアッシュを取り戻したら、オレが改めて詫びにいくと」
「必要ないよ。僕は忘れる」
英二はきっぱりと言った。
だから、きみも忘れて。

そのことばに、シンは目をむいた。

「おい待てよ、あの変態をかばおうってのか? 冗談じゃねぇ!
オレたちにはオレたちの規律ってもんがあるんだ。
…それとももしかして、おまえ、オレをかばっているつもりか?」
「僕がかばってるのは、さっきの彼でも、きみでもないよ」
英二は静かにいった。
「きみは、ボスのはずだ」

シンは舌打ちした。
何を今さら。

「ああ、そうだ。
だからオレには、身内の不始末に対して責任がある」
「そういう意味じゃない」
英二は首を振った。
「ショーターのことで、
きみの仲間たちの不満はくすぶってるはずだ。
その真相を話せないままで、またトラブルを抱え込むのは、
どちらのグループにとってもいいことじゃない」
英二は淡々と言葉を継いだ。
「きみはボスとして、
グループの均衡を保つための努力をする責任があるはずだ」

シンは黙り込んだ。
反論しようとしたが、言葉を何も思いつかない。

意外だった。

この自分より年下にさえみえる少年が、責任の話をしたからではない。
彼が状況を冷静にみつめ、迷わず自分の感情を切り捨てたからだ。

ひとつわかった。
どこまでもやわらかな見てくれとはうらはらに、
きっとこいつはおそろしく頑固者だ。

英二はふたつコーヒーを買ってきて、ひとつをシンに手渡した。
身長がほとんど変わらないふたりは、
こうして並ぶとかっきり目線が合う。
アーモンド型の大きな瞳が、まっすぐシンを見つめていた。

どんな気分だろう。
熱いコーヒーに舌を焼きながら、シンはぼんやりと思った。
この瞳の前で、あざむき、謀略をめぐらせ、人を殺すのは。

想像すると、黒っぽい川の水に浮かんで
流されていくような心地がした。
すぐそこで岸辺がきらめいているのに、
体は黒い水にとらわれ、重く、身動きがとれない。

━それがあんたの見ていた景色か、アッシュ。

覚えている。
オーサーに最後のとどめを刺したあと、
わきあがる歓声の中でアッシュは叫んでいた。

『オレは、お前に見ていられたくないんだ』

悲鳴のようなあの声は、
間違いなく目の前のこいつに向けられていたのだ。

「なあ、おまえ、アッシュに会ったのは
ストリートギャングの取材だっていってたよな?」
「うん、そうだよ」
「なんでうちにこなかったんだよ」
「え?」
「うちにくりゃよかったのに」

そうしたら。
彼らは出会わなかったはずだ。

ショーターはアッシュなしでも、きっとこいつを気に入っただろう。
もしかしたら、あの破壊的な中華を食わせてやったかもしれない。
そして英二は、笑って自分の国へ帰っただろう。
自分のどんなカケラも残すことなく。

それはそれで楽しかったかもね、と英二が微笑む。
その子どもに合わせるようなやさしい口調が、妙にしゃくにさわった。

わかっている。
過ぎたことは変わらないし、何も動かせない。

ショーターは死んだ。
アッシュに撃たれて。

そして自分は、復讐に燃える仲間たちをなだめて、
アッシュ救出に協力させなければならないのだ。
シンは頭をかきむしりたくなった。

ひどく遠い場所まできてしまった気がする。
一歩離れたところから、あこがれと尊敬のまなざしで
ショーターとアッシュをながめていたあの頃。
ショーターは大ざっぱなようでいて、
実はきめ細やかな最高のボスだった。

コーヒーを飲み終えた英二がコップをゴミ箱にシュートし、
シンをふりむいた。
「シン、そろそろ帰ろう。
アレックスたちが来る時間だよ。皆も起きる」

迷わないその瞳。
シンは思わず、その瞳の強さに見とれた。

どうせ何も選びようがないなら、
この無鉄砲なカミカゼ少年が駆けていく道につきあうのも、
悪くないかもしれない。
その道のどこかに、あの陽気なボスも確かにいたはずだから。

「そうだな、戻るか」
シンはバイクにまたがり、
わざと大げさな音をたててアクセルをふかした。
街はとっくに目覚め、動き出している。

遊びの時間は終わったのだ。

END



迷える新ボスと、迷いなき民間人の休憩タイム。
英二と十代のシンのツーショットは、可愛くて大好きです。
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Posted on 2010/10/25 Mon. 22:03 [edit]

category: BANANA FISH(創作)

thread: 二次創作小説(版権もの  -  janre: アニメ・コミック

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