07 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 09

Quiet Day

「BANANA FISH」二次元妄想小説サイト。

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Posted on --/--/-- --. --:-- [edit]

category: スポンサー広告

TB: --    CM: --

--

ピースメーカー 

そのカフェは、刑事が決して行きつけにはしないたぐいの店だった。

フローリングの床はワックスで磨き抜かれ、
天井は配管がむき出しになっている。
テーブルと椅子は、たぶん東洋のアンティークなのだろうが、
彼の目には田舎のくたびれた中古家具にしか見えなかった。
流れている音楽は、突き抜けた明るさのタイ・ポップス。

彼はあきれて首を振った。
やれやれ、これが今どきの流行りってわけなのかね?

小柄なギャルソンが、静かな声でオーダーをとりにくる。
その瞳が彼を認め、大きく見開かれた。
彼はにっと笑って、手をあげた。
「やあ。久しぶりだね、英二」
「…ジェンキンズ警部」
小さな声で彼の名前を呼び、お久しぶりです、と頭を下げる。

ああ、そんな礼儀正しさは変わらないんだな。

いっそ痛ましい思いで、ジェンキンズはその東洋人の少年を見つめた。


ホットコーヒーをすすりながら、ベンチでぼんやりと時間をつぶす。
15分ほどたったころ、公園の入り口からジャケットをはおった英二が
こちらへ走ってくるのが見えた。

「…すみま…せん、お、待たせ、して」
息を切らせながら謝るのに、大きく手をふる。
「いや、こっちこそ仕事中に時間をとってもらって、すまなかったね。
店のほうはいいのかい?」
「ええ。ピーク時間はすぎたし、ちょうど休憩だったから」
「そうか」

ふたりは並んで腰かけた。
英二はわざわざ、ジェンキンズのぶんもランチボックスを持参していた。
有難くいただくことにしたが、カフェのオリジナルらしいそのキッシュは
彼にはあまりに薄味すぎた。

「…うーん、健康になってしまいそうな味がするよ」
「それ、あまり美味しくないってことですよね?」
英二が小さく微笑む。
その横顔を、気づかれないようにそっと観察した。

初めて会ったときは、あまりにも幼いその容姿に驚いたものだが、
この大きな黒い瞳のもつ光は印象的だった。
好奇心と、意志の強さをあらわす強い瞳。
あとで、日本ではそれなりのスポーツ選手だったと聞き、
ひとり納得したものだった。

いまの英二は、あの頃の彼の影のようだった。
目の前にいるのに、ひどく遠い場所にいるように見える。
手をのばして触れたら、輪郭がぼやけて消えてしまいそうだった。

「…アッシュのことは、気の毒だった」
ジェンキンズはいきなり切り出した。
英二の体がビクリと震えるのがわかり、
彼の胸は憐れみでいっぱいになった。
ではこの名前は、いまだに彼の心をするどく切り裂くのだ。

「…私がはじめて彼に会ったとき、あの子はまだ15か16だったかな?
ちょうどオーサーをやりこめて、ボスの座についたころだ」
ジェンキンズは静かに語り始めた。

「暴行と傷害でひっぱってきたんだが、
少し話しただけで恐ろしく頭のきれる子だとわかったよ。
それでまあ、少々説教をしちまったんだ。柄にもなくね」
照れたように頭をかく。

「せっかくこれだけの頭脳をもちあわせているなら、
きみはそれをこの境遇から抜け出すために使うべきだとか、
このままじゃいつかこの街でのたれ死にするだけだとかね。
まあ、いま思うとあまりにもありきたりな台詞のオンパレードで、我ながら泣けてくるよ」
「…彼はなんて?」
「うん、今でも忘れられないよ。
彼はこう言ったんだ。
『それでいいのさ、オレの夢はどこかの街角で虫のようにくたばることだからな』とね」
ジェンキンズはぬるくなったコーヒーをひとくち飲んだ。

「強がりのように聞こえるよな?
でも、あの子はまったく気負わずに淡々とそういった。
それでわかったんだ、これは彼の本心なんだと」

英二の目が揺らいでいた。
そう、彼ならきっとその意味がわかるだろう。
アッシュがあのディノ・ゴルツィネのもとで、
どんな思いをしてきたかを知っている彼なら。

「自由であること。
それが彼にとって何よりも優先すべき、大切なことだったんだろう」

もっとも、きみに会ってからはその優先順位も変わったようだが。
心の中で、ひそかにそう付け加える。

「さて、ここからが本題だよ。
きみは、最近のダウンタウンをどう見る?」
「え?」
「もちろん、あそこが危険な街であることは変わりない。
だが、アッシュが彼らを束ねていたころとは、明らかに違うんじゃないかな」

英二は思い当たったようだった。

「グループ同士の争いが増えました。
とくに、あの…中国人と」
「そうだね。いまやリンクスとチャイニーズの反目は、
無視できないところまできている」
ジェンキンズはうなずいた。

「先週、チャイニーズの少年が重傷を負って、病院にかつぎこまれた。
幸い、命に別状はなかったがね。
右手の腱は切れていて、回復不可能だそうだ」

彼はナイフも銃も、持つことが出来なくなるのだ。
それは、ストリートでは死を意味する。

「もちろん、原因は明らかだ。
チャイニーズは、ダウンタウンのカリスマの命を奪ったんだ。
リンクスたちは、当然報復をしたい。
だが、ショーターのことがあるからね。
チャイニーズたちだって、決して黙ってはいない」
ジェンキンズは首を振った。

「私はおそろしいんだよ。
あの街に、またどれだけの血が流れるのかと思うと。
それもまだ年端も行かない、ほんの子どもたちの血だ」
「…わかります。でも、それをぼくに聞かせてどうするんです?」
「それは、きみが彼らをつなぐ、たったひとつのかけ橋だからだ」
ジェンキンズは、しっかりと彼を見つめた。

「きみはアッシュの親友だった。そして、シンの友人でもある。
きみはアメリカ人じゃなく、かといって中国人でもない。
きみの言葉なら、きっと両方のグループが耳をかたむけるだろう」
「ぼくが?」
英二はおよそ彼には不似合いな、ひきつったような笑みを浮かべた。

「ぼくに何ができるっていうんです?
ぼくは何ひとつできなかった。今だってそうだ。
もしぼくに何かできたのなら━」

それ以上は言葉にされなかったが、ジェンキンズはその先を正確に続けることができた。

━彼を死なせはしなかったのに、と。

「英二。それでも、きみは試すべきなんだよ」
「…無理です」
「いいや、きみにはその義務があるんだ」

ジェンキンズは、ふとその先を続けるのをためらった。
自分が明かそうとしている事実は、彼を追いつめるだけじゃないのか?

「アッシュの検死報告書は、きみに見せたね。
だけど私らはひとつだけ、きみに隠していた」
「え?」
「きみはアメリカを発つ前に、彼に手紙を書いたね?
あの手紙は証拠物件として押収され、その後、シンに返却された」

英二が雷にうたれたように、こちらを見返した。
ふるえる声で問いかける。

「…なんで、あれが証拠物件なんです?」
「それは、あの手紙がアッシュの死亡現場にあったからだ。
いや、正確にいうなら、ラオに刺されたとき握りしめていた手から落ち、
その後、彼自身の手で運ばれたんだな。
鑑識が、刺殺現場の土の付着を確認している」

心臓が、一拍鼓動を止めた。
そんな目で、英二は呆然と彼を見ていた。

「刺されたあと、アッシュは地面に散らばった手紙を拾いあつめた。
そのころには、身体をかがめるだけで大変な苦痛を強いられたはずなのに」
「…やめて下さい。聞きたくない!」
「いいや、きみは聞くべきだよ」

そう、彼は知るべきだ。
あのたぐいまれな少年が、どれほど彼を愛していたかを。

「いいかい、アッシュは残された力をふりしぼって、きみからの手紙を拾った。
そして図書館に入り、手紙を読みながら、静かに死んでいったんだ。
虫のように道ばたで死ぬのが夢だといっていた、あの子がだよ?」

ジェンキンズは英二の肩をつかみ、まっすぐ視線をとらえた。

「あの子は愛する場所で、愛情に包まれて、最期のときを迎えた。
彼は、人間として死ぬことを選んだんだ」

英二の顔に表情はなかった。
大きく見開かれた黒い瞳は、闇につながる空洞のようだ。
届いてくれ。
彼は、祈るように語りかけた。

「生きのびたものには責任があると、私は思ってる。
何かできることがあるはずなんだ、
逝ってしまった者に報いるために。
ただ悲嘆に暮れているだけなんて、あんまりお粗末じゃないか」

ジェンキンズはゆっくりとベンチから腰を上げた。
「さて、こちらもそろそろ仕事に戻らなけりゃな。
キッシュ、ごちそうさん。うまかったよ」

返事を期待してはいなかった。
英二もただ黙って、彼の背を見送っていた。


それから二ヶ月も過ぎた頃。
いきなり強くなった陽光に目をほそめながら、
ジェンキンズは朝はやく市警に出勤した。

年を重ねるごとに、春が苦手になる気がする。
暴力的なまでの生命のパワーに押されてしまうからだろうか。
彼はため息をついた。

今や、ジェンキンズは後悔していた。
あの少年は、見るからに傷つき、打ちひしがれていた。
あれは告げるべきではなかったのだ。
自分がやったことは、傷を負って立ち上がることができない人間に、
新たな重しを背負わせたようなものだった。

「うわっ!」
ロッカールームに足を踏み入れたとたん、何かぐんにゃりとしたものを踏みつけた。
そこには、チャーリーがでろんとだらしなく床にのびていた。

「おい、チャーリー!
おまえさん、こんなところで何やってんだ?」
「あー…」
目をぱしぱしとまばたき、チャーリーはふわぁあと盛大なあくびをした。

「…おはようございましゅ、警部。いやぁもう、大変な夜で」
「大変? 何か大事件でもあったのか?」
「いや、そういうわけじゃないんですが。
とにかく、一晩中電話がなりっぱなしで、もう」
「うん?」
「ストリートギャングのガキどもが、夜っぴいて騒ぎまくったんですよ」
笑いながら、少年課のナリス刑事が口をはさんだ。
こちらも、目は真っ赤だ。

「それも、どうやらリンクスとブラック・サバス、
チャイニーズが全員集合したようで。
でかいクラブを貸し切ってひと晩中大騒ぎで、近隣住民からの苦情が殺到ですよ」

ジェンキンズは息をのんだ。

「まったく、あいつらときたら何考えてるんだか。
ついこないだまで、血相変えていがみあってたっつーのに…警部?」
「ナリス、確認したいんだが。
夕べの通報に、傷害事件はあったかね?」
「ええっと…確かないはずですよ。ほとんどが騒音と、器物損壊です。
酔っ払って調子づいた奴らがガラスを叩き割ったとか、まあ可愛いもんですよ」

ジェンキンズは、自分の口もとがどうしようもなくゆるんでいくのがわかった。
では彼は、どうにかやってのけたのだ。

「うう、濃いコーヒーが飲みたいっス。
警部、よかったら朝食をつきあいませんか? おごりますよ」
「悪いな、チャーリー。
きょうはひとりで祝杯をあげたい気分なんだ」
「へ?」

ジェンキンズはさっそうと彼に背を向け、
きびきびとした足どりで自動販売機へ向かった。
コインを投入すると、迷わずホットチョコレートのボタンを押す。

「あーっ、警部、だめですよ! そんなん飲んだら、また糖尿が…」
「だまってろ、チャーリー。きょうは特別なんだ」

きっぱり言って、非常階段へ向かう。
階段の踊り場に出ると、ドアを閉め、街をながめた。
彼は、ここから見るNYの街がいちばん好きだった。

紙コップの中身をひとくち含んだ。
口の中に甘い甘い禁断の味が広がる。
うっとりとそれを味わいながら、ジェンキンズは英二に思いをはせた。

あの子の傷が癒えることは、おそらくないだろう。
彼らの結びつきは、それほど深いものだった。

彼は大きな欠落を抱えながら、これからも生きていく。
そして、きっと乗り越えるだろう。
それだけの強さが、彼にはある。
あの小さなピースメーカーには。

ジェンキンズは微笑み、紙コップを乾杯のようにかかげた。
この空の高みのどこかにいるはずの少年に向かって、呼びかける。
「アッシュ。おまえさんの親友は、なかなかどうして大したもんじゃないか」

そのとき、あの金髪の少年の誇らしげな笑い声が聞こえたような気がした。
きっと空耳だろう。
それでも、ジェンキンズは耳をこらした。
だが、その声は二度と聞こえなかった。

まるで、春のそよ風にさらわれるように静かに。
誰にも気づかれず、そっと消え去ってしまった。

END


小説インデックスページに「ジェンキンズ警部視点」と説明を入れながら、
なぜか爆笑しそうになりました。
それでも、この話はアッシュ×英二なんです。ええ、誰がなんと言おうと!

Posted on 2011/03/21 Mon. 20:09 [edit]

category: BANANA FISH(創作)

thread: 二次創作小説(版権もの  -  janre: アニメ・コミック

TB: --    CM: 2

21

コメント

素敵なお話ですね! 

ジェンキンズ警部視点!
バナナのスピンオフのような、心温まるお話でした。
こういう名脇役の目を通したバナナも素敵ですよね。

私も、英二とケインはきっとリンクスとチャイニーズの抗争を止めたと思いますよ。

バナナのSSが読めて、幸せです。ありがとうございました!

URL | yukino #- | 2011/03/22 00:42 | edit

Re: 素敵なお話ですね! 

yukinoさん、いつもご感想をいただき
こちらこそありがとうございます(^^)
ええ、ついにジェンキンズ警部ですよ!
吉田作品の名脇役キャラですよねぇ。
でもこの話を書くにあたり、原作の彼の出番をチェックしてみたら
思ったより登場シーンが少ないんですよね。
チャーリーってけっこうピンで頑張ってたんですね、気づかんかった…

こんなときだからこそ、愛するBANANAを通じて交流ができるのは
ものすごく幸せなことだなぁ…と実感しております。
でんこちゃんに怒られない程度に細々と更新していきたいと思いますので、
どうぞこれからもよろしくお願いします<(_ _)>

URL | 東雲 #- | 2011/03/22 22:21 | edit

Comment
list

コメントの投稿

Secret

Comment
form

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。